フィリピンの文化を学ぼう

フィリピンも留学先として人気ですが、フィリピンはどのような国なのでしょうか。

フィリピンは東南アジアの島国の一つで、海を隔てて日本とも隣接していると言えます。公用語はフィリピノ語ですが、タガログ語と英語も公用語です。首都はマニラですが、最も栄えているのはケソンでしょう。人口はおよそ1億人。

歴史

実はフィリピンはとても歴史のある国で、最も古い民族は25,000年から30,000年前に移住してきたとされるネグリト族です。そこから新石器文化を持った原子マレー、そして棚田水田農耕技術を持っていた古マレーと、続きます。

そしてこのマレー系民族が移住してきて文明が作られました。遺跡からは文字も発見されるなど、既に「文明」があった事が伺いしれるものとなっています。

その後はイスラム教が広がったおかげで中国や東南アジアとの交易が盛んになるのですが、一方ではヨーロッパ列強が東南アジアを次々と植民地化していきます。フィリピンはスペインに植民地化される事になりました。スペイン艦隊がヨーロッパ人としては初めてフィリピンに到達。ちなみに「フィリピン」という地名もスペインの皇子にちなんたものとなっています。スペインはフィリピンをアジア進出の拠点とし、様々な島を占領していくことになりますが、この統治のおかげでスペインの植民地との交易も盛んになります。メキシコ、ペルー、ボリビアといった国々との交易も生まれました。また、島国であったため、建造業も盛んとなっていったようです。

一方、スペインの植民地支配は次第に強いものとなり、プランテーション開発等、奴隷に近いような形となっていきます。そこで、スペインに対しての反対運動も起きますが、いずれも局地的なものであったがためにすぐに鎮圧されてしまっていました。ですが独立運動も本格化し、さらには米西戦争の勃発により、アメリカからの支援もあり、フィリピンは独立を果たす事になりました。ですが独立したものの、結局はスペインの支配からアメリカの支配に変わっただけのような形となってしまい、アメリカとの戦争に入ります。結果、アメリカ軍に敗北し、フィリピンはアメリカの統治下に入る事になってしまったのです。ですが第二次世界大戦の際、日本が占領。アメリカはフィリピンから撤退。日本は占領したものの1943年にフィリピンを独立させました。

ですが日本が窮地に陥ると再びアメリカが侵攻。そのおかげでスペイン統治下時代に建造されたバロック様式の教会はほとんどが破壊されてしまいました。ですが戦前からの約束通り、第二次世界大戦後は独立し、今日のフィリピンが歩みを始めました。このような歴史背景から、日本に対しての印象が良い国としても知られています。

経済

経済に関しては農業、鉱業が盛んです。どちらかと言えば農業国に分類しても良いでしょう。亜熱帯という気候のおかげで多種多様な作物の栽培が可能です。サトウキビ、ココナッツ、タバコといったものが有名ですが、バナナは世界的にも有名なのではないでしょうか。

また、鉱物資源も豊富なため鉱業が盛んではあるのですが、鉱業に関しては資源が枯渇してきているのか、尻すぼみとなってしまっていたのですが、再び金鉱が発見されるなど、まだまだフィリピンの資源は可能性を秘めています。観光業も盛んですが、昨今は立地のおかげで多くの国が貿易の中継点として活用するべく、様々な国が進出。おかげでマニラはフィリピンのウォール街と呼ばれるほど高層ビル群が立ち並んでいる地域となっています。

気候

また、フィリピンは日本に近いのですが気候に関しては日本とは少々異なっています。季節は3つで、3月から5月が暑くて乾燥した時期。6月から11月は雨季。12月から2月は涼しくて乾燥している季節です。温度そのものは常に高いため、雨季と重なると湿度がとても高くなる事で知られています。